企業内ITCの奮闘(第1回) ITとの出会い

2004/07/27

 
はじめまして、ITC補の小出値意太と申します。この場所を借りて、公平性をもったITCとしての活動と、企業の中で限りなく業績を追求する日々の中での苦闘をシリーズとして皆様にお話しをさせていただきたいと思います。
 まずは、私自身のITとの出会いですが、いまでこそIT業界というような表現をされておりますが、私がこの業界(会社)にはいったのはかれこれ20年余り前でした。大学では理工学部というところに籍を置き、4年になってからの就職活動(今では考えられないとは思いますが)、私、値意太としては実はメディアの世界に身をおくべく活動を実施しておりました、ところが人生上手くいかないもので、方向展開し、大学で学んだ事を活かす上でも“コンピュータ業界”に身を投じました。

 とはいえ、当時友人達との会話の中で、「どういう分野に就職するんだい?」、「うん、ソフトウェア分野に行こうと思っている」、「そうか、俺と同じアパレルか」、「??????」。そうです、XXウェアという事でアパレルだと思っていたんですね。その程度の知名度の業界だったのでしょう。

 当時は、そんなに多くの企業もなかった(調べていなかっただけ?)とも思いますが、いくつかの企業の中では何を思ったか、誰でも知っているあるメーカー系の関連会社に決めた訳です(知名度に引かれた部分もありますが、メーカーの知名度が高いだけで、自分の入った会社の知名度が高いと言うわけではなかったのですが)。

 当時の新人教育というのもあくまでもプログラムを作るという事が研修で,ご多分にもれずCOBOLプログラムを死ぬほど作りましたね。ある時には100ステップ程度のプログラムでエラーが数倍のステップ程プリントアウトされる事もあり、“向いていない”と思わざるを得ない時もありました。今思えば、自分の作ったプログラムがどういう事に役立っているのか?なんて考える事は皆無で、仕様通りに動けば、「よっしゃー!」というようなレベルでしたね。

 まあ、これがITとの出会い?とでもいうのでしょうか。若い日の値意太さんでしたが、ここからが実は苦闘の日々の始まりなわけです。世のITCの皆さんもプログラマーからスタートした人も多いのではないですか?今はどう変化しました?

(次回、2004年9月10日頃掲載予定)

小出値意太(こいでねいた)プロフィール

1960年 大阪生まれ。
大学卒業後、ある画像メーカー系保守サービス会社へ入社。本人は事務希望で試験を受けたが適正試験の結果“SE”として配属される。入社以来転職はしていないが、会社自体は3度も社名を変えている。
 入社以来“SE”系の職種は変化していないが、プログラマから始まりプロジェクトマネージャを経て現在はITコンサルティングビジネスを主流に仕事に従事している。実案件のコンサルティング業務を実施するかたわら、組織職としてラインSEのグループを束ね、リーダー職としての役割もこなしている。
 私生活では、スポーツをこよなくこなし、本人自身もバレーボールの選手として現役を続けているかたわら家庭婦人バレーに関しても監督・コーチを努めチームプレイの重要性を理解している。家庭では良き夫であり良き父親である、仕事では厳しい目で企業を見つめ温かく部下をバックアップしている(と自分は思っている)。
 血液型はO型で明朗快活、考えるより行動。攻めている時には非常に魅力的でたよりがいがるが、一旦守りにはいる弱い面がボロボロでてくるという血液型を象徴している。
 “MAIDO”については考え方等にも賛同し、メンバーのつながりを大事にしていきたいと思っている。いつまで続けられるか、自分でも今回は“チャレンジャー”として継続性を大事にしたいという事。
2003年:ITC補認定、2001年:JQA認定セルフアセッサー

エンジンとボディ

2004/07/08

 
企業においてマネージャー級以上に特徴的に現れるソーシャルスタイルは、大きく2つに分類されるのではないかという仮説について説明します。

ひとつは、「エンジン」タイプ、もうひとつは、「ボディ」タイプと称することにします。車でも、飛行機でも、戦車でも、船でも、要するに動く組織体の設計は大きくエンジンの設計と筐体(ボディ)の設計によって構成されることに由来します。

設計の世界では、実は筐体設計の方が相対的にでかい顔をしています。いかなる外部環境で、どんな動きをしたいとか、どのくらいの速度を出したいので全体重量がこのくらいにしないといけないとかいう重要な設計条件の設定をするので、筐体設計においては、注文主とのやりとりを含む政治的、営業的要素も重要になってきます。

エンジン設計は、それらの条件、制約がいっぱいある中で、妥協の産物のようにしてやるしかありません。しばしば、無理難題を押し付けられることになります。しかし、所期の性能が出ないときは、いの一番にエンジン設計に非難が集中します。エンジン屋がさんざん責められる。

しかし、エンジニアっていうぐらいですから、筐体屋を心の底では、バカにしてるし、エンジン屋としてのプライドは高いものがあります。そんな話が、ゼロ戦物語やNHKのプロジェクトXにもいっぱい出てきます。

さて、企業におけるエンジンタイプ、ボディタイプとはなんでしょうか?簡単に言えば、自分で動くタイプか、見栄えはいいが自分では動けないタイプかということです。

だいたい、主任ぐらいまでは、そういう役割を与えられていますので、エンジンタイプでないと使いものにならない。管理職昇格の声が掛かりそうな頃には、もう自分では動こうとしない輩がでてくる。上ばっかり見ていれば、そうなるのも仕方がないかもしれないが。マネージャーになると途端に自分で動かなくなる奴が増えてくる。そういう風に自分を定義してしまうのかもしれないし、動き回ることで安っぽくなるぐらいに考えるのかもしれない。

エンジンタイプが良くてボディタイプが悪いと言ってるわけではありません。どちらのタイプかをよく見極めた上で、役割を担わせるべきだし、育成の方向性も見出すべきでしょう。

エンジンタイプは、自分で動くぶん、たまに方向が間違っていたり、いろんなとこでコンフリクトを生じせしめたりします。自分がなまじ動けるものだから、他のエンジンをうまく使えなかったり、自分が既に旧式で使い物にならないと薄々感じていても、自分のエンジンにこだわり過ぎることにもなります。

ボディタイプは、自分では動けないかもしれないが、人を見る眼が確かであれば、優秀なエンジンをとっかえひっかえすればよい。人間は、見栄えも大事だし、なによりコミュニケーション能力が大切です。(技術屋とか職人が最も嫌う概念かもしれない)

この仮説(主張)の究極は、ボディとエンジンはコラボレートしないといけないということです。ひとりの人間で純粋なエンジンか純粋なボディかというほど解りやすい人もいるかもしれないが、普通は、どちらに軸足があるかというぐらいでしょう。自分がどちらのタイプかを自覚し、その強み、弱みを知ることが大切です。そして、自分で弱点を克服するか、さもなくば、自分を補完してくれるパートナーを見つけなければならない。

ボディとエンジンが共通の目標に向かって、協調しないと成果を出すことはできない。協調できないケースは、それこそ日常的に存在しています。大概、ボディタイプとエンジンタイプは、価値観が違うから、話しも合わないし、仲も悪くなる。悪いどころかいがみ合ったりします。それは、大変残念な状況という他ありません。    

ITコーディネータ/M.I.

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